矛盾ケヴァット

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誕生前のお母さんと反抗期の迷子 ~BanG Dream! It's MyGO!!!!! 7話感想~

子供未満のお母さん ~長崎そよ~

さて、問題の7話がやってきました。

おそらく途中まではそよの計算通りのライブでした。1曲目の碧天伴走は愛音と燈の緊張でガタガタ。それでも祥子が燈の顔を厳しく睨みつけてくれることで、燈は本来の声を取り戻します。意図的ではいなさそうだったもののベースのチューニングを怠っていた描写もありましたし、ライブの終わりにはこう声を掛ける算段だったのではないでしょうか。「やっぱり私たちだけじゃダメだね~。祥子ちゃんと睦ちゃんが戻ってきてくれればなあ(チラッチラッ」と。なるほど、都会へと巣立った子供を田舎に連れ戻そうとするお母さんらしい干渉の仕方と言えます。祥子の方はしつこいおっかぁを拒絶するためにやって来たわけですが、このステージでも燈に発破をかけてくれたように面倒見の良さは折り紙付きなので、もしかすると「しょうがないですわねぇ!」と母の介護を買って出てくれた可能性はゼロではなかったかもしれません。この日この場所で、春日影の再生産が行われることさえなければ……。

本来なら祥子のピアノソロで始まるはずのその曲は、楽奈のギターソロから始まるという、開幕から豊川祥子の存在を抹消した春日影へと姿を変えました。それでいて楽奈のアレンジを取り入れることによって祥子のオリジナルよりも高められた、無情にして最上の春日影。「ねぇ、お願い。どうかこのまま離さないでいて」と歌う高松燈は、もうすっかり祥子の手から跡を濁さずに飛び立ってしまっていました。CRYCHICを濁しまくって飛び立った祥子とは雲泥とも言える差を見せつけながら……。

自分の作曲した春日影でありながら輪から外れてしまった祥子は、その目から壱雫空をティアドロップスしながらライブハウスRiNGから飛び出していきます。いずれ愛音と楽奈を爪弾きにしようとしていたはずが、自身も爪弾く春日影によって愛する我が子を勘当するというそよにとっては最悪の結末。まあ確かにバンド少女は日々進化中なので、同じ舞台も同じ春日影もないとしか言いようがないのですが、流石にここまで様変わりしてあの日の思い出を塗り替えられてしまってはそよの脳味噌が'Big-Bang!'されるくらいのダメージを受けても仕方ありません。

とはいえ、ここまで脳味噌を刺激的ピキピキにされようともずっと青信号で演奏を止めなかったことは称賛に値すべきものであると思います。The Show Must Go On。舞台が始まったら最後、そのパフォーマンスを止めることは許されないという点で、長崎そよは既に立派にステージに生きる少女ではありました。実際、愛音が緊張から足を引っ張った時にもトークで間を繋いだりと、この舞台を延命させる働きをしてくれたのは紛れもなく長崎そよだったのも事実です。ですが、バンド少女としてその姿勢は不合格。そもそもバンドの本懐は、一緒に音楽を奏でるもの。楽奈が奏で始めた春日影を一人受け入れず、みんなといるのに独りみたいな、舞台上に1人だけで立っているポジション・ゼロでは、バンド少女たり得ません。実際、他のメンバーが充実感を覚えて退場したにもかかわらず、ただ1人そよだけが舞台に残されるという最悪のポジション・ゼロまで実現しています。そしてこの時、燈が居場所にしていたはずのア・テンポノートを忘れかけるという示唆的なアクションまでしていました。まるで、祥子やCRYCHICの存在をオブリビオニスしたかのように……

ところで今回、カメラワークも非常に特徴的でした。楽屋裏でのシーンはまるで定点カメラによるモニタリングのように、第三者的な、関係者でない視点から本番前で緊張を隠せない燈たちの姿が描かれました。それがライブ本番になるとキャラクターの傍へと接近したカメラになり、臨場感が伝わる関係者の視点のカメラになっていきます。ところが、碧天伴走でも春日影でも、一番盛り上がるラスサビの箇所でバンドリ3期のミライトレインで見せたようなグルグルと縦横無尽にメンバーそれぞれの姿を映していくカメラ演出も行われたのですが、どちらの曲もそよのところだけカメラが通過して行きます(下記動画にて、当該部分を時間指定してリンクを貼っています)。

まるでそよだけこのバンドの関係者ではないとでも言いたげですが、ミライトレインとの関連を思えば、停まる地点は停車駅のメタファー。そよだけはまだ駅から降りずに列車の中にいると言えるかもしれません。列車は必ず次の駅へ! 列車といえば前回の立希も、自身の最寄り駅を度外視してまで燈を送り迎えしていた日々に終わりを告げ(いやまた送り迎えしそうですが)、列車を面影橋駅まで乗り進めることによって自分の降りるべき駅へと前進し、碧天伴走という初めての作曲を成功させました。どこで降りるにせよ、前に進むためには列車からは飛び出さねばならないのです。

大場ななは確かに1年前の第99回聖翔祭で舞台少女として誕生したのですが、バンド少女・長崎そよは未だに誕生してすらいないのではないかと思われます。自身の手のひらの上で転がしていた愛音は、前回をもって飛び出すことに成功しました。その一方でこのお母さんは、未だに子宮から飛び出しきれていないのです。

 

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雪だるま式のCiRCLING ~BanG Dream! It's MyGO!!!!! 6話感想~

リアルバンドから“リアル”なバンドへ

プロジェクト開始当初から割れていた情報になりますが、MyGO!!!!!のメイン作曲担当は椎名立希。ドラマーが作曲家というだけでもバンドリ史上初なので当初から驚きがありましたが、この6話ではその立希が作曲にチャレンジしながら苦悩する様子が描かれており、この点、作曲できる人間が大体何となく存在していた従来のバンドリとは決定的に異なります*1。本来、作曲こそバンドにおける一番の壁ではあると思うのですが、バンドリはそこからずっと目を背けていたところがありました。元より声優がバンドをすること自体が当時としては目新しかった(その犠牲も無視できないほどに多かった)プロジェクトであり、全体のテーマもバンドを通してキラキラドキドキを広げていくことに主眼が置かれていたため、人間関係で悩むことは再三あっても、そういったバンドらしいリアルな苦悩を描くのは二の次三の次でも全然許されたところがあったのですが、時代は変わりました

これまでのキャラクターとリアルバンドがリンクするというキャッチコピーは、今や現実(リアル)と仮想(バーチャル)が同期(シンクロ)するという、よく似ているようで全く異なるものへとバージョンアップされています。今回の内容を踏まえるならば、リアルバンドがただの“リアル”になっているということが最重要に感じます。当時としては画期的だった声優によるリアルバンドは、それこそバンドリ!プロジェクトが大きくなったことで拡大し、今ではさほど物珍しくないものになりました。バンドリ以外で同様の路線を狙うコンテンツも登場してきましたし*2、そもそも、MyGO!!!!!自体がバンドリのリアルバンド組として5組目というかなりの後発組(Ave Mujicaに至っては6組目)。内からも外からも、バンドらしさから目を背けては居られない圧力がかかっている状況にあると言えます。その意味で、今回の立希の作曲に対しての苦悩は、バンドリが新たな扉を開く意味でも象徴的でした。

*1:元々音楽に親しんでいた(りみ友希那チュチュ瑠唯)、勉強したらしいものの過程は描かれなかった(蘭美咲)、そもそも作曲家がメンバー外にいる(パスパレ)。

*2:ぼっち・ざ・ろっく!は声優がバンドをしてこそいないもののリアルなバンドらしさを押し出して大成功しましたし、今後展開するガールズバンドクライは紛れもなく声優バンドも作品性もリアルを追求している方向性だと思います。

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【バンドリ】夢を撃ち抜いたその先の旅 ~ぽっぴん’どりーむ!感想~

あけましておめでとうございます! 昨年は1件しか記事を書いていない程度にはこのブログも休眠状態でしたが、何と2022年は年明け早々に稼働することになりました。いや、だって、僕もポピパの一員なので……。

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というわけで劇場版BanG Dream!『ぽっぴん’どりーむ!』の感想記事となります。アニメ軸としては1年9ヶ月ぶりの新エピソードを引っ提げての劇場版。元旦からアニメ映画を観に行くというちょっと人としてどうかと思う正月の過ごし方をしてしまいました。とはいえ、その内容は大変に満足の行くものでしたし、そして、これからのBanG Dream!の進み方を確かに示してきた一作でもあったと思います。

 

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【バンドリ】『Live Beyond!!』を超えて生きるということ

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あなたは最近、自分の成長を実感したことがありますか?

突然失礼しました。Poppin'Partyのバンドストーリー3章『Live Beyond!!』の、そのあまりの熱量を持った物語に当てられ、思わず胡散臭い自己啓発のような質問を投げかけてしまいました。その『Live Beyond!!』では、これまで数々の珠玉の物語を紡ぎ続けてきたバンドリ!ガールズバンドパーティ!史上でも文句なしの最高傑作と言って差し支えない、とてつもない完成度のストーリーが展開されました。ガルパで一貫して描かれているのは、バンドに打ち込む少女達の成長であり、そして周囲に影響されながら力強く歩んでいく彼女らの人生です。『Live Beyond!!』は、そのド真ん中のテーマを最高の形で撃ち抜き、そしてまた、バンドリ!プロジェクトの「キャラクターとリアルライブがリンクする次世代ガールズバンドプロジェクト」というスローガンすらも一つ上の段階へと成長させてきたと言えます。

僕はこのブログ上でも、そしてTwitter上でも、よく「ポピパはやがて世界と一体化する」だとか、「僕もあなたも世界中の誰もがポピパの一員」だとかのだいぶキショい言説を繰り返してきました。とはいえ、その思想そのものは今も揺らいでいません。そして、だからこそ断言しましょう。『Live Beyond!!』は、ポピパの物語であり、僕が、あなたが、世界中の全ての人達が当事者の物語です。

BanG Dream!およびバンドリ!ガールズバンドパーティが築き上げてきたものの極致とも言えるこの美しすぎる成長譚は、全ての人の人生を成長させる確かな影響力を持っているのです。

 

待望の“悪役のいない物語”で、Poppin'Partyに突きつけられるもの

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まず、これを言わねばならないのも心苦しいのですが、Poppin'Partyのバンドストーリーには、1章も2章も共通して明確な不満点がありました。どちらにも区役所職員や元1-B担任といった分かりやすい悪役を作ってしまっていたことです。無論、そういう人物がいた方が話を動かすのが容易になるという利点はあるのですが、作り手の都合によって誰かを悪役に仕立て上げねばならない物語というのは、決して質の高いものであるとは評価できません。少なくとも2章『二重の虹』はそのマイナス点を踏まえてもPoppin'Partyの結束の強さを描いたものとしての揺るぎない価値はあるのですが、やはりどこかモヤモヤの残る内容になっていたのは事実だったと考えています。なので、3章の告知でSPACEオーナー・都築詩船がポピパの眼前に立ちはだかるとアナウンスされた際には、率直に申し上げて一抹の不安を覚えてしまいました。アニメ1期でバンドを結成していく渦中のポピパにバンドの何たるかを良くも悪くも曖昧に突きつけてきた都築詩船が、これまでのバンドストーリーように悪役として扱われてしまうのではないかと……。

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ですが、それは完全な杞憂に終わりました。おそらくはCraft Eggにとっても上記の1~2章の不満点は克服すべき課題として受け止められていたのでしょう。ポピパ3章に悠然と登場した都築詩船は悪役などではなく、ライブ配信の在るべき姿という今のポピパが乗り越えなければならない壁を並走して考えてくれる人物として、その避け得ぬ問題を提起してくれる頼もしい教育者して描かれていました。

2020年初頭からの新型コロナウイルスパンデミックによって、現実でもライブ配信というライブ体験の提供形態は爆発的に増加しました。ライブ産業自体の死活問題がかかっているという背景もあり、現状は“一時凌ぎ”としてライブ配信は無遠慮に歓迎されている側面もあります。筆者である僕は元々映画館すら死ぬほど苦手なくらいに強光や轟音に耐えきれない体質なので、ライブに行きたくても行けない側の人間であり、コロナ禍によって増加したライブ配信の恩恵には存分に与っています。ですが、だからこそ現在の環境にあってはライブ配信が本質的に孕む問題点が見過ごされているし許されがちな面があるのも事実です。そんな中、コロナ禍が到来していない平和な世界であるガルパから、この問題に鋭く切り込んできたことにただただ舌を巻きました。そしてまた、都築詩船が提起したこの問いかけは、リアルバンドのPoppin'Partyがこれから現実に立ち向かっていかなければならないことでもあります。行政の不出来も災いしてコロナ禍は未だ終焉の兆しを見せませんが、収束した先にもライブ配信は依然として需要を獲得し続けるでしょう。コロナ後の世界で、リアルバンドのPoppin'Partyはライブ配信でどうやって視聴者に熱を届ければいいかを苦心する必要に迫られるに違いありません。「キャラクターとリアルライブがリンクする次世代ガールズバンドプロジェクト」であるBanG Dream!は、キャラクターもリアルライブも一体となってライブ配信というものの難しさに立ち向かおうとしています。

  

ポピパが果たした成長、ポピパが与える成長

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3章なだけあって、やはりポピパの成長も克明に描かれていました。花園たえはかつての震わせてほしいという受け身の姿勢から、オーナーこと都築詩船の願いを汲み取り自ら震わせてみせるという能動的な姿勢へと変化していました。山吹沙綾は欲張りである自身を肯定し、後先考えない衝動的なやり方こそがポピパの在るべき姿であると自身の推進力に変えています。牛込りみは一歩踏み出すことすらできなかったかつての自分を乗り越え、とりあえず踏み出してみることでポピパの袋小路を切り抜ける提案をしてみせました。市ヶ谷有咲は何もかもを斜に構えて見ていた自分自身を脱ぎ捨て、心の底からの言葉を都築詩船にぶつけるまでの“ポピパの魂”の体現者へと至っています。全員がそれぞれにアニメ1期の頃には絶対に出来なかった言動をしていますし、また、香澄にきっかけをもらった彼女らが、ポピパが難局を乗り越えるきっかけを確かに与えているというのも美しい相互作用として描かれていました。

特に際立っていたのは山吹沙綾ではないでしょうか。これまで、2章やアニメ2期でポピパが空中分解しそうになる度に率先して曇っていた脆弱すぎるポピパの精神的支柱(笑)が、今回は極めて逞しく支柱としての役目を果たしていました。支えるべきポピパが強くなることで支柱も逞しさを増すという、非常に面白い成長の在り方を見せてくれたように思えます。ポピパが瓦解を想像できない程に強固な絆を築き上げてしまえば、山吹沙綾はこれほどまでに強靭にその屋台骨を支えてくれるのです。

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その一方、『Live Beyond!!』で描かれたポピパの成長はバンドストーリーでの成長ではなかったとも考えています。各バンドの開幕を飾った1章はともかく、2章や3章ともなると全バンド共通して物語の渦中で各キャラクターがリアルタイムに成長していくのが通例ですし、その現在進行形の成長によってそれぞれのバンドに訪れた苦境を跳ね除けていくのがこれまでのガルパのバンドストーリーの醍醐味でした。ですが、『Live Beyond』でのポピパメンバー自身の成長は、『二重の虹』やアニメ2~3期(沙綾に限れば直近の『Welcome to Open School!』)といった、3章以前に済ませていたものでしかありません。ポピパの5人の成長は確かに描かれたものの、それは物語中盤までで処理し尽くされ、悪い言い方をしてしまえば脇に追いやられたような形になっています。

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ですが、それが却って『Live Beyond!!』のテーマを際立たせます。今のPoppin'Partyは、これまでの物語を経て既に成長してきた存在です。そして、成長を重ねてきたポピパは、受け取った愛をふたたび誰かに渡せる存在と成り代わりました。これまで幾多の難局を経て成長してきたポピパが与える成長が、『Live Beyond!!』の終盤では怒涛のごとく濃密に描かれていきます。

 

杖つく老婆だって成長したい

ポピパが意図して成長させようとしたのはライブそのものでした。「ライブは生き物」という数多のミュージシャンが語る、ライブの熱量と流動性を表現した言葉を、戸山香澄はその豊かな感性によってライブも成長できる存在として捉えます。無論、これは厳密には言葉遊びや禅問答に分類される、益体のない考え方でしかありません。しかしながら、今まさに現実の要請としてライブが変わることを迫られていることからも、この香澄の言葉は非常に切実なものとして響きます。

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ライブを自分達と同様の生き物として捉えた上で、香澄からは成長こそが生き物たる所以であるという力強い言葉が、「私はやりきった」と宣言して表舞台を去った偉大な先人へと向けられます。香澄からすればただ純粋にライブの可能性を信じたが故の発言でしたが、「全ての生き物」という大きすぎる主語と“絶対”という断定性を持ったこのセリフは、杖をつかねば歩くこともままならない老婆にまで成長を強要しており、無自覚ながらもあまりにも残酷な響きを孕んでいます。けれどもそれでいて、杖をついていようと生き物である限り成長するために立ち上がれると、力強くも極めて優しく、その皺だらけの手を引っ張り上げる惜しみない鼓舞でもありました。

『迷子のおもちゃの見る夢は』では、おもちゃのうさぎの記憶の底の小さな声を拾い上げる戸山香澄の姿がありありと描かれました。もはや無生物からも星の鼓動を聞き届けられる存在と化している今の戸山香澄にとっては、どれだけ老い先短い身であろうとも生き物に違いない都築詩船の打ち捨てられた想いを呼び起こすのは、多少の苦難はあれども造作も無いことでした。都築詩船にとっては、「成長したい」という想いこそが瞼閉じて諦めてたことです。

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ポピパの与える成長とは、星の鼓動である ~瞼閉じて諦めてたこと~

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都築詩船のみならず、ロッキンスターフェスに携わる全ての関係者にも、ポピパは成長を与えていきます。そして、その手法は得てして誰かの瞼閉じて諦めてたことを思い起こさせるという形をもって実現します。本当はライブ配信をしたくても都築詩船の鶴の一声に黙り込んでしまった月島まりなや全国のライブハウス運営者にも、ポピパの懸命の頑張りによって「ライブ配信の実現のために何かがしたい」という瞼閉じて諦めてたことを呼び覚ますことで成長を届けました。

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少しトリッキーな形になったのは、戸山香澄がバンドを結成する最大のきっかけとなったGlitter*Green(グリグリ)でしょうか。4人それぞれがリモートで演奏しながらも見事にセッションをするという、にわかには信じがたいまでのパフォーマンスを実現したグリグリの姿は、ポピパにとって常に先を征く存在としてあまりにも気高くその大きすぎる背中を誇示してきました。しかしながら、グリグリがこの人間離れしたセッションを披露するに至ったのは、ポピパがフェスのライブ配信を実現したいと願い、それを都築詩船というお互いを繋ぐ存在に熱が届いた結果です。つまりは、グリグリの成長を実現したのもポピパなのです。あの日、SPACEで、戸山香澄の中でバンドと星の鼓動という一見全く接点のないもの同士をイコールに繋いでくれたのはグリグリでした。そのグリグリも、リモートセッションという一見不可能にしか思えない、瞼閉じて諦めてたことを実現する勇気をポピパから確かに貰っています。

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極めつけは、幼き日に戸山香澄が星の鼓動を感じた夜空を共に見上げながら、星の鼓動を感じることなく人生を送り続けてきた戸山明日香です。

見るってのは光を感じることだ。そして遠くを見るってことは、過去を見るってことだ。

太陽から地球に光が届くのに、八分の時間が必要だ。だから君が今、太陽の光を見ても、それは八分前の映像を見ているってことだ。もっと遠くの、例えばアンドロメダ銀河を見るとき、君は二百三十年前の過去を見ていることになる。本当は指先を見るときだって、君は〇・〇〇〇〇〇〇…………一秒前の映像を見ているんだ。

以上は、小説版BanG Dream!を著した中村航先生の文芸作品「星に願いを、月に祈りを」からの引用です。この世で最も速く動ける光ですらも速度の限界があり、光が放たれてから受け手に届くまでにはどうしても時間差が生じます。おそらくは〇・一秒にも満たないはずですが、ロッキンスターフェスで輝かしく演奏するポピパと、その姿をライブ配信の映像として観ていた戸山明日香の間には、決して無視の出来ないタイムラグが存在します。そして、このタイムラグは、そのまま幼き日に星の鼓動を感じられなかった戸山明日香の境遇と重なります。あの日、戸山明日香は姉の感じたものを何一つ理解するには至りませんでした。けれども、数年のタイムラグを経て、それこそ星の光が数年遅れて地球に届くように、あの日感じることのなかった“星の鼓動”を姉の姿からようやく感じ取ることができたのです。

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ライブの直前、戸山香澄の発破から5人は星まで届く気持ちでライブする決意を固めます。それはライブの成長していく姿を予想できないためでもありましたが、ポピパとライブが成長していくことで、そして手と手を繋いでその輪が広がっていくことで、いつかはどんな人にでも成長を与えられるはずという確かな希望でもありました。星に届くくらい長い時間を経ても進み続ける光ならば、世界中の人々をポピパと同様に成長し続ける存在に変えることだって不可能ではありません。成長しない生き物なんて絶対にいないのですから。

 

Live Beyond!! MVは何故ここまで心を揺さぶるのか

以上が『Live Beyond!!』のストーリーについての感想となります。これまでのPoppin'Partyの成長の証と、それによってPoppin'Partyが与えられるようになった星の鼓動という名の成長を、これでもかというほど丹念かつ濃密に描き上げた最高峰の物語となっていました。ですので、Poppin'Party 3章としての『Live Beyond!!』については、これまでの物語をきちんと踏まえていれば、全てを理解できるし言語化も可能なものになっています。

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ところが、これだけの凄まじい物語を提供してなお、それだけでは語り尽くせないのが『Live Beyond!!』の恐ろしさです。楽曲であるLive Beyond!!のMVを観た時、本当に自分でも意味が分からないくらい涙が止まりませんでした。数十回観返した今でも、改めてMVを視聴する度に滂沱の涙が流れ出します。確かに、映像中にこれまでの物語を踏襲した要素はいくらでもあります。イントロでは「涙→キボウ」の電車たるミライトレインを待つ香澄が描かれ、Aメロはそれまでのポピパの物語や楽曲を踏まえた映像が流れます。Bメロはミライトレインから降車した5人がこれまで届けられなかった海の向こうの人達へと夢や愛を届けようとしており、アウトロに至っては5人の上に二重の虹が架かりながら星の軌道が描く円環を背にしてミライトレインがその場を去っていくという幻想的なラストを迎えます。その意味では、これまでのポピパが作り上げてきた文脈がどっしり詰め込まれたMVであるのも事実です。

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しかし、問題の本質は全く違ったところにあります。Live Beyond!! MVで本当に涙を誘うのは、そういった“文脈”が何もないはずのサビのシーンなのです。ここが本当に理解できませんでした。サビで、波止場で演奏しているだけのポピパに、どういうわけか異常なほどハートを揺さぶられる……。何度観ても、ここで完膚なきまでに情緒が破壊され、涙腺は決壊し、感情がぐちゃぐちゃにされてしまう……。自分が流している涙であるはずなのに、何一つ理解が及びませんでした。これまでのポピパが培ってきたもの以外の何かがここで刺激され呼び起こされている、そんな異常な現象が僕の内部で起きているとしか思えないのです。Poppin'Partyが、BanG Dream!が、バンドリ!ガールズバンドパーティ!が紡ぎ上げてきた文脈だけでは到底説明し得ない何かがそこにはありました。

唐突に話が逸れますが、5ちゃんねるなどには定期的に人生終わってる人間が集うスレが立ちます。僕もよく出入りしていた身なので分かりますが、そこに集うのは得てしてニート、フリーター、無気力学生、発達障害精神疾患持ち……そんな人生に希望が全く持てなくなった人間達です。そこで語られるのは不幸自慢、世の中への不満、漠然とした将来への不安といった鬱屈とした話題が中心ではありますが、不健全ながらも社会の底辺で喘ぐ者達同士で傷を舐め合うことで、何とか孤独感と希死念慮を癒やす憩いの場でもあります。ところが、時折この平和な掃き溜めには、親切心なのか冷やかしなのか、頼まれてもいないのに“お説教”を始める人間が登場します。そのお節介な余所者は口を揃えてこう言うのです。「まだ若いんだから何とかなるだろ」と。はっきり言って、何ともなりません。「人生終わってる」の本当の意味合いは、この先の自分の人生に上がり目が何もないということです。彼ら彼女らとて、それまでの短い人生でなけなしの努力と挑戦はしてきました。けれどもその度に挫折と屈辱を味わわされ、傷つき果て、インターネット上の野戦病院で呻き声を上げるだけの敗残兵へと成り果てています。人生終わってる人間が集うスレにこだまするのは、本当は成長がしたいのに成長できなくなった人々の怨嗟です。

ある意味で幸福ながらも非常に厄介なのは、成長しなくても死なないことでしょう。特に贅沢さえ望まなければ、低収入でも静かに生きてはいけますし、ソーシャルメディアサブスクリプションの発達によって、安価に娯楽に興じることも可能です。それに対して、この社会で成長しようとすることは極めてリスキーなものになっています。環境を変えようとも一寸先はブラック企業。就職活動では繰り返されるお祈りの度に摩耗しながら、入社したくもない企業のための美辞麗句で口を汚され、入社してからもPDCAだの5Sだの人間力だのといった、中身空っぽなビジネスポエムで耳を汚されます。そのくせ肝心の仕事内容は満足に教えられることもなく、早々に現場に投入されては案の定失敗し、その結果をボロクソに責められます。それでも踏ん張って成長した先に与えられるのは賃金の上昇などではなく、やりがいという名の空虚な責任だけです。そしてまた、成長のために支払ってきた苦労の代償として肉体や精神に持病を抱えてしまうことも少なくありません。結局のところ成長しようとしても上がり目がないのがこの社会を包み込んでいる残酷なまでの現実であり、多くの人は成長を放棄して“ほどほど”で歩みを止めてしまいます。多大なリスクさえなければ、本当は成長したいにもかかわらず

30年間成長してこなかったこの国では、成長すること自体が“夢”になっていると言っても過言ではありません。記事冒頭のクエスチョンをもう一度投げかけましょう。あなたは最近、自分の成長を実感したことがありますか? 少なくとも僕には、10年以上その実感がありません。

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暗い話が長くなってしまったので話題をポピパに戻しますが、Live Beyond!! MVを観ていて、恐縮ながらも僕はポピパがこちらに語りかけてくるような感覚を抱きました。平時ならばそれは気の触れたオタクの自意識過剰な思い込みと切って捨てるものなのですが、バンドストーリー『Live Beyond!!』でのポピパはまさにカメラの向こうの人々へ、そして一番遠い星に向かって想いを届けようとしていたわけですから、MVのコンセプトも物語を踏襲したものと受け止めるべきです。であるならば、Live Beyond!! MVで行われているのは、作中の人々に対してそうしたように、現実世界を生きる我々の星の鼓動を呼び覚まそうとしているに他なりません。即ち、成長自体が“夢”になってしまっている人々に、「成長したい」という瞼閉じて諦めてたことを思い起こさせようとしているのです。

注意したいのは、ここで語りかけられるメッセージには「成長しよう」というような押し付けがましさが全く無いことです。そもそも、戸山香澄によれば成長しない生き物なんて絶対にいないのですから、ポピパにとって成長は全ての人、全ての生き物が当たり前に行っている自然な営みでしかありません。彼女らが誰かを「成長しよう」と激励するなどということは、生きている人間に「呼吸しよう」と言っているくらい不自然です。しかしながら、これまで散々述べたように「成長したい」という想いを持つことは夢のように難しいものです。そんな吹けば飛ぶような弱々しくも根源的な願いに、ポピパの5人は限りなく優しいエールを贈ってくるのです。Live Beyond!! MVは何故ここまで心を揺さぶるのか。それは、「成長したい」と思って良いんだよ、という果てしない赦しを語りかけてくるからです。

広がった 輪と輪はきっと
一つになれる 強くなれる

繰り返しになりますが、BanG Dream!は「キャラクターとリアルライブがリンクする次世代ガールズバンドプロジェクト」です。その壮大なスローガンは、ここに至ってキャラクターの人生が紡いできた輪と現実の人生(リアルライブ)を生きるポピパファンの輪を一つにするという試みを成し遂げようとしています。キャラクターもファンも、共に「成長したい」という夢を撃ち抜くことで強くなれると、Live Beyond!!は高らかに歌い上げています。

ねぇ…踏み出せないこんな私でも夢見ていいのかな? Yes, It's "BanG Dream!"

 

生きとし生けるものは全て〇〇〇〇になれる

とは言っても、「成長したい」という自分自身の想いを肯定したからと言って、じゃあどこを目指せば良いんだよという話になるのもまた必定です。どれだけポピパが意志と勇気を与えようとも、前章で述べた成長のリスキーさは依然として現実社会に横たわっています。これはチャンス! 逆境に身を置いて『圧倒的成長』するぞ!と意識がハイエンドになってしまうのは、あまりに危うい選択でしかありません。最悪死にます。

ところが、そんなに取り扱いの困難な問題に対しても『Live Beyond!!』のストーリーがはっきりと答えを出しています。ただ「成長したい」という想いを後押しするだけでなく、そこに目指すべき指針をきちんと与えてくるところまでやっているからこそ、この宝石のような物語は惜しみない輝きを放っているのです。

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後に自身も巻き込まれていくのですが、戸山香澄に成長を与えられた人々がみな戸山香澄のようになっていくことを、都築詩船はどこか微笑ましそうに語っています。ポピパに、戸山香澄に成長を貰うということは、戸山香澄の前向きさと無鉄砲さを獲得していくということでもあります。そして、成長しない生き物なんて絶対いません。その成長とは、結局のところ誰もが戸山香澄のようになっていくことなのですから、ここに一つの真理が顕現します。つまりは、生きとし生けるものは全て戸山香澄になれるということです。そう、我々は戸山香澄になれば良いのです。俺が、俺達が戸山香澄だ!!(バンドリはガンダム

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気でも狂ったのかと思われるかもしませんが、この揺るぎない真理は港の波止場でこれ以上なく活き活きと演奏するMVでのポピパの姿からも読み取ることができます。港というのは船出の象徴であり、ミライトレインから降り立って未知の世界へ漕ぎ出そうとするポピパの新たな出発点を描いているのは疑いようもありません。しかし同時に、港は荒波に揉まれた船が満身創痍になりながら辿り着く目的地でもあります。その港の最も突き出した部分で眩い光を放ちながら演奏するポピパは、大海原で迷い疲れた船にとっての灯台のメタファーです。Search for the light delight! 社会の荒波の中でもがき苦しむ全ての人々にとっての目指すべき場所として、波止場からまっすぐにその輝きを届けています。

冒頭にも書きましたが、「ポピパはやがて世界と一体化する」し、「僕もあなたも世界中の人々も誰もがポピパの一員」というのが嘘偽りない僕のポピパ観です。それ自体は今も変わっていませんが、キャラクターがリアルライブ(現実人生)とリンクするに至った今のBanG Dream!では、ファンの方からポピパになりに行くという次元へと突入しています。今さら夢を待つな! 今すぐ夢に向かえ!

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『Live Beyond!!』のラストは、ポピパの5人が『FUN! FUN! CiRCLING FIVESTAR!』での戸山香澄と同じセリフを発し、全員が戸山香澄のような前向きさを獲得したことを印象づけて幕を閉じます。ところで、このバンドストーリー中には花園たえの家にお泊りした際に、良かったことが起きる前のジンクスを大事にしようということも語られました。その意味で言えば、かつて戸山香澄がこの発言をしたそのすぐ後に無残にも捨てられたポピパのチラシを発見してしまうことになるわけですから、このリフレインは実のところ負のジンクスになっています。そんな不吉な予感を想起させながらも、このラストシーンは、5人一緒でなら、ポピパの輪を広げていけるなら、成長していけるなら、どんな暗い未来も乗り越えていけるという溢れんばかりの希望と爽やかさに満ち溢れたものに仕上がっていっています。

やはり社会を見渡してもなかなか人生の上がり目なんてものは見つかりませんし、成長しようとすることはどこまでもリスキーで負のジンクスにまみれています。だとしても、戸山香澄を、ポピパを目指すことで、「成長したい」と前を向き続けることはできます。それこそが、Poppin'Partyが、BanG Dream!が、バンドリ!ガールズバンドパーティ!がくれた、我々への確かな夢であり成長です。

 

『Live Beyond!!』の物語は、そして楽曲とMVは、成長したくてもそれが実現できずにいる全ての人々への福音として、優しくその人生へと寄り添ってくれるものでした。本記事の終わりは、その優しくも眩い光が誰かの人生に寄り添うような、小説版BanG Dream!あとがきの印象的な一節を引用して、締めさせて頂こうと思います。

どうかキミの夜空に優しい星が流れますように――。