矛盾ケヴァット

Twitter: @halkenborg

【キコニア】粘土の少女=スワンプマン説

突然ですが、以下の淫夢動画をご覧下さい。

いきなりクッソ汚い動画見せやがってふざけてんのかテメェと憤る気持ちは分かりますが、本記事で考察したい概念を簡潔に掴んで頂くには最適なのでこの際フル活用します。というか、何だかんだで一時はネットミームの天下を取っただけあって、こういう時に参照できる作品が存在する辺り、淫夢の懐の深さに驚かざるを得ません。

クッソ汚い動画を見たくない方もいるとは思うので掻い摘んで紹介しますが、上記の動画では素粒子レベルで分解されて再構築された前と後の自分が同一と言えるのかという深遠な問題に踏み込んでいます。これはスワンプマンという思考実験で、今も解決を見ていない哲学上の難題です。スワンプマン自体は1980年代に考案された比較的新しいものですが、古代ギリシャの時代からテセウスの船として本質的に同様の議題は既に存在しており、それを現代科学が抱える倫理問題と人間存在に当てはめたものと言えます。

ところで、上記の動画を見て気づかれた方もいるかもしれませんが、これはディメコンを考える上でも興味深い概念です。当ブログの別記事においてはディメコンについて全く違うものを想定していますが、上記動画のように、ディメコン素粒子レベルで物体を分解して異空間に保管している可能性も勿論あるわけです。そうなるとスワンプマンもキコニアに関連する概念として一考の余地が出てきます。

 

本記事ではディメコンが主題ではないので、どちらの説が正しいのかは「パラレルプロセッシング」という便利な言葉を用いてこれ以上の深入りはしないでおきます。本記事で取り扱いたいのはリリャです。このスワンプマンという概念は粘土の少女を紐解く鍵になるかもしれないと考えられるのです。

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スワンプマンのあらましはこうです。

  1. ある男が沼に訪れていたところ、男と沼に落雷があり、男が死ぬ
  2. すると雷を受けた沼の泥が、偶然にも死んだ男と分子レベルで同一の構造と化す
  3. 泥から生まれた人間(スワンプマン)は、死んだ男の人格や記憶を引き継いでいる
  4. スワンプマンは自分が落雷を受けたことにも気づかず、死んだ男に成り代わる

まず注目したいのはです。沼の地質は当然に泥、つまりは水を多く含んだ粘土質のものであり、この点で粘土の少女との第一の符合が浮かび上がります。

そしてここが何より重要なのですが、スワンプマンを生み出すきっかけが落雷、つまりは電撃だったという点です。電撃はギローイの高官および彼らから権限を委譲されたクロエがリリャおよびコーシュカに”おしおき”として放つもので、第二の符合と言えます。

つまり、スワンプマンから類推するならば、リリャの「粘土の少女」はコピー能力で、自分が電撃を受けたのと同時に死んだ者の脳構造を引き継げるのではないかと考えられます。

ギローイはパンドラの複製を目論んでいますが、未だその成功には至っていません。しかし、もしもリリャの粘土の少女が前述の通りで、しかも相手を殺さずにコピーが出来たなら、ギローイの目標はその時点で達成されることにもなります。コーシュカのみならず、リリャも実験を受け続けている理由としては妥当と言えるのではないでしょうか。

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クロエのPhase1屈指の謎セリフ周辺の描写も、この仮説から多少は推測が可能です。この時点で直近のリリャとは別の人格がインストールされており、そのせいでコーシュカとのコミュニケーションに何かしら失敗した。電撃はクロエでなくギローイ高官が放ったものなので、その経緯はクロエも知らなかった。リリャの身辺設定は人格インストール時に叩き込まれるもので、唐突に饒舌な自己紹介を行ったのはその弁明である……というものです。リリャの特徴的すぎる口調を真似することができれば、表面的にはボロは出ないでしょう。ただ、あくまで表面的なものなので、以前の人格であれば踏まずに済んだコーシュカの地雷を踏んでしまったというところでしょうか。

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この仮説が正しいとすれば、現在のリリャは以前親しくしていたリリャとはもはや別人であり、クロエがリリャを躊躇なく殺害した動機の説明もつきます。まあ、クロエ自身が割とスパイ疑惑の高いキャラクターであるためにこの辺りは単純に考えるべきではないところなのですが……。

 

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とはいえ、この辺りの描写との整合性が悪いのも確かだと考えています。本説ではリリャの存在意義はパンドラありきであり、パンドラが存在しなくとも粘土の少女がギローイの羅針盤となれることがまるで説明できません

また、致命的なのは、前述のようにスワンプマンはディメコンに関連しないと嘘だとすら言える概念でありながら、ディメコンと粘土の少女の関連性をまるで挙げられないことです。パンドラたるコーシュカがディメコンを苦手としている点がそこを繋ぐミッシングリンクであろうとは思いますが、現状皆目見当もつかないところです。先に挙げた当ブログの別記事においてはパンドラとディメコンを関連付けてはいますが、その説とスワンプマンは極めて結びつきが悪く、両立も難しそうなところです。