矛盾ケヴァット

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【ガルパ】ハロハピの終着点と、理念を一人歩きさせた王子様

『幼き日の面影は今もそばに』、非常に素晴らしいイベントストーリーでした。

役者で居続けることで「本当の私」が消えてしまうのではないかと怯える白鷺千聖と、彼女を救える王子様になるために「本当の私」を脱ぎ捨てた瀬田薫。確かに、瀬田薫は変わってしまったと言えるかもしれませんが、当時抱いていた強き思いは、そして潰されかけていた幼き日の白鷺千聖から受け止めた「本当の私」は、今でも確かに息づいている――。そんな薫が出演する『孤独の街』は、きっと瀬田薫が演じる、幼少期の「本当の白鷺千聖が見られるに違いありません。ひまりから思い出話を聞かせてほしいと請われた薫はそれをはぐらかし、舞台への観劇を誘いますが、それもそのはず。その舞台では、瀬田薫と白鷺千聖の在りし日が、言葉よりも雄弁に演技によって語られるのですから。

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さて、本イベントは『儚世に咲く薔薇の名は』で仄めかされて以来2年半近くの歳月を経てようやく明かされた瀬田薫と白鷺千聖の幼少期を描写してくれたことでも、またそれがひとつのヒューマンドラマとして結実していることでも称賛の拍手を贈るべきものです。しかし、もう一つ特筆すべきことがあり、本イベントによって、瀬田薫がハロハピの行く末を照らし出せる存在になりました。本記事ではそこについて、考察していきたいと思います。

 

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周知の通り、瀬田薫が所属するハロー、ハッピーワールド!の合言葉は「世界を笑顔に!」です。合言葉であると同時に、ハロハピにおける壮大な目的であり理念でもあります。ハロハピは音楽活動を通じて、骨折からリハビリに踏み出せない少女に勇気を与えたり、寂れてしまった遊園地を立て直したりと、奇想天外な行動をしながらも着々と笑顔を増やすことに成功してきました。

ところで、この世界を笑顔にする物語は終わることができるのでしょうか。常識が通じないのがハロハピですが、世界中の全員が笑顔になるなどということは、常識的に考えれば不可能に思えます。であれば、延々と終わりの見えない旅を続けることになるのか、それともどこかで諦めて歩みを止めてしまうのか……。

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この懸案事項については、★2[ステージ]奥沢美咲の左エピソードという最初期の時点において既に触れられています。目的を果たせないまま終わってしまったブレーメンの音楽隊と、今の自分達の姿がどうしても重なってしまうことに、当時まだ「キグルミの人」であった奥沢美咲は一抹の不安を覚えていました。

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幸いにも、この答えもバンドストーリー1章の時点で弦巻こころが提示しています。誰かが笑顔を忘れてしまったら、別の誰かが笑顔を思い出させ続ければ良い。そのためにこそ、ハロハピの理念をあまねく世界に知らしめ、「笑顔を思い出させる人」を増やしていく必要があるということです。

そして、この理念が一人歩きした時、ハロハピはその歩みを止めることができます。ハロハピの理念の共感者が、他人に笑顔を思い出させる実践者になり、その理念が樹形図のように広がっていけば、もはやハロハピが直接活動しなくとも「世界を笑顔に!」していけるものと考えて良いでしょう。それは本当に世界中が笑顔になるものではないかもしれませんが、その未来を想像するには十分なものです。奥沢美咲は目的を達せられなかったブレーメンの音楽隊になってしまうことを懸念していましたが、むしろ不完全に目的を達したブレーメンの音楽隊になることこそがハロハピが最終的に目指すべき姿なのではないでしょうか。

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ガルパライフ第132話「お別れのとき」では、そうやって理念が一人歩きしていく姿がビジュアルをもって示されています。ここでははぐみのぬいぐるみ達がその役目を負いましたが、これを多くの人間が行う未来こそが、ハロハピの終着点です。いずれやって来るハロハピの活動との別れは、自分達の理念が広く行き渡ったという確信のもと、おそらくは笑顔で訪れるものでしょう。

 

ここで話を瀬田薫に戻します。上記のハロハピ全体を貫くテーマを考慮して『幼き日の面影は今もそばに』を読むと、興味深い構図が見えてきます。瀬田薫という存在自体が「理念の一人歩き」の成功例であるということです。

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役者でいることで、自分らしい感情を失ってしまうのではないか。最終的に白鷺千聖はその恐怖をも役者人生に活かしていくことで乗り越えましたが、やはりあのまま芸能活動を続けていけば、いつか潰れしまうのではないかという危うさを孕むものでした。瀬田薫が役者の道を志したのは、その時の”ちーちゃん”の強さに憧れたというところが大きいのですが、同時にそんなお姫様が立ち上がれなくなった時に救ってあげられる王子様になりたいという決意の表れでもあったでしょう。

結果的に、白鷺千聖Pastel*Palettesという共に芸能界で運命を切り開いていく仲間を得たため、そんな王子様は不要となります。臆病な自分を脱ぎ捨てることはできたが、お姫様を守る必要はなくなった。そう考えると、瀬田薫の王子様像は、目的を不完全に達しつつ理念だけが一人歩きしたものと解釈することができます。

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本イベントは、弦巻こころの勧誘を何故ああもあっさりと瀬田薫が受諾したかの答えにもなっています。あの日役者を志すきっかけをくれた”ちーちゃん”と同じ言葉を、こころがバンドという形で口にしたからです。そしてこれは同時に、白鷺千聖がパスパレという共同体を得たことで失われた王子様の理念を活かす場所を、瀬田薫が獲得した瞬間でもあります。

そのハロハピはやがて、理念を一人歩きさせる必要に迫られるでしょう。その際には困難や衝突に見舞われるかもしれませんが、もはや心配ありません。現在進行系で理念の一人歩きを成功させている王子様がいる。世界を彩る役者は、きっと彼女達の大きな道標になってくれるはずです。