矛盾ケヴァット

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【バンドリ】山吹沙綾がCHiSPAを「やりきった」と言えるために ~楽曲により蘇る記憶とキズナ~

アニメ2期のテーマ:楽曲が持つ復元力

バンドリ!アニメ3期が迫っていますが、その前に、アニメ2期とは何だったのかについてざっくり総括しておきましょう。アニメ2期が非常に密度の濃い作品であるため、語ろうと思えばいくらでも語れてしまう深みを持っているのですが、特に重要なポイントとして絞るべきは、楽曲が持つ復元力と、それを土台にしたポピパらしさとは何かです。

6話まではガルパ未プレイの視聴者のためにガルパオリジナルバンドを紹介することが中心でしたが、7話を皮切りに本格的に物語が動き始めます。レイヤこと和奏レイが幼馴染みの花園たえに接近し、2人の思い出の曲であるナカナ イナ カナイを共に歌い上げました。花園たえはこの路上ライブによって、幼少期の記憶を鮮明に思い出すという衝撃を受けます。

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楽曲が持つ、当時の記憶を復元する力。それがアニメ2期を通しての重大なテーマとなっていきます。そしてこれはおそらく、誰しも身に覚えがあるものではないでしょうか。懐かしの名曲を聴けばその当時の情景が思い出されますし、アニメ主題歌を聴けば当時ハマっていたことを思い出し、タマシイレボリューションを聴けばサッカーW杯南アフリカ大会を思い出す。楽曲とは単なるリズムとメロディの羅列ではなく、その楽曲にまつわる記憶とリンクして保存するはたらきをも持っているのです。

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ここで思い出してほしいのですが、2期7話ではナカナ イナ カナイの前に、りみ・たえ・香澄の3人で私の心はチョココロネを演奏しています。花園たえがポピパに加入した場(クライブ)で演奏された楽曲であることを思えば、むしろ私の心はチョココロネこそがたえに原点の景色を思い出させる復元力を持つのが自然であるようにも考えられます。しかし、現実にはナカナ イナ カナイの復元力に容易く塗り替えられてしまいました。何故でしょうか?

おそらく、私の心はチョココロネを原点としているのが花園たえ一人だからでしょう。ああ、勿論、りみにとっても最初に作曲した楽曲なので”原点”のひとつには違いないのですが、その原点の在り方としては相違があると言わざるを得ません*1。一方、ナカナ イナ カナイは花園たえと和奏レイの二人が共有する原点です。この曲は記憶だけでなく、楽曲を通して二人が紡いだキズナをも復元したわけです。この衝撃の直後にレイヤから受けたRASへの勧誘によって、たえは自分の立ち位置を完全に見失ってしまいました。

その後の顛末は周知の通りです。文化祭ライブとの両立が結局できなくなり、関係各所に迷惑をかけてしまいました。そればかりか、RASとしてのラストライブで見事な演奏を披露するたえの姿に気後れしたポピパメンバー(特に有咲と沙綾)が、RAS行きを勧めてしまう始末。それはまるで、たえとポピパとのキズナが絶たれてしまったかのよう。しかし、そんな失意のたえを救ったのもまた、楽曲が持つ復元力でした。それも今度はたえ一人の原点ではなく、ポピパの五人が原点として共有できる曲によって――。

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Poppin'Partyとしての始まりの曲、STAR BEAT! ~ホシノコドウ~。特に上記画像のシーンでは、昨日までの日々にサヨナラするという歌詞に重ねられました。たえもまた、Poppin'Partyに出会うことで、それ以前の自分には戻れなくなったという決定的で不可逆な変化をしていたのです。そして、この不可逆な変化こそが、たえが見失っていたポピパらしさでもあります。何しろ、同じことを痛感していた人物がポピパ内にもう1人いるのです。

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そう、市ヶ谷有咲です。上記画像は2年目の有咲誕生日ガルパライフ『有咲とひとりの蔵』ですが、このガルパライフの公開が『二重の虹』の後であったことを思うと、有咲もまた失敗を経てポピパらしさを無意識的に実感していたと言えます*2

『二重の虹』では、ポピパとして一緒に居られる”今”の価値、そしてその”今”が当たり前でないことが確認されました。アニメ2期ではそれを発展させて、それが当たり前でなくなった時、当たり前に戻るための力を楽曲が持っていることを、ダイナミックな描写とともに証明してきました。

五人だけが 知っていることたぶん

…すぐ思いだす

歌が教えてくれるよ

キズナミュージック♪ 2番Bメロの歌詞は、まさにSTAR BEAT!が五人の原点を復元させる力を持っていることを表したものです。きっと、今後同じような騒動が起きても、また音楽(=キズナ)を奏でればPoppin'Partyの姿を取り戻すことができます。

(いつか 別れが来るの?)

何度でも出会おう!

(思い届かなかった…)

何度も 歌おうよ! 

そして、たえの復帰後に香澄が書いたDreamers Go!の歌詞でも同様のことが歌われています。何度でも歌えば、何度でもポピパによって昨日までの日々にサヨナラしていたことを思い出せる。それが、アニメ2期でPoppin'Partyが獲得した、確かな強さです。

 

CHiSPAを、やりきったかい?

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ここで唐突にガルパに話を移しますが、シーズン2以降、ガルパにおいてPoppin'Partyの箱イベントの中心概念となっているのはサプライズ記念日です。サプライズについては本記事ではこれ以上の深入りを避けますが、記念日の方はまさに楽曲の持つ復元力に類似した概念です。楽曲が記憶やキズナを取り戻せるように、記念日もまた、1年前の今日を思い出すためのきっかけとして機能します。『大切な日の過ごし方』ではたえがSPACEオーディション合格記念パーティを企画しましたし、アニメ2期でりみがサラッと口にしたように、花女の文化祭はポピパにとっての結成記念日になっています。また一方で、『君に伝うメッセージ』が卒業式、『Poppin'ハロウィンパレード♪』がハロウィンを取り扱ったように、各種記念日には区切りの日としての意味合いもあり、ここが楽曲の復元力とは異なる点かもしれません。そして、そんな記念日を増やし続けることで、ポピパの五人は1年というCiRCLINGをどんどんキラキラドキドキできるものへと変え続けています。

ところで、沙綾がCHiSPAに区切りを付けた記念日はいつでしょうか? 母が倒れてライブに行けなかったあの日から自然に疎遠になった経緯を思えば、少なくとも正式な「脱退の日」は存在しません。CHiSPAメンバーが沙綾をポピパに送り出した文化祭の日は辛うじてそれに当たるかもしれませんが、前述のようにポピパの結成記念日としての意味合いが強く、CHiSPAの色合いが濃いと認めるには少々弱いように思えます。即ち、これだけポピパの物語で記念日が取り沙汰されているにもかかわらず、沙綾とCHiSPAにとっての記念日が無いのです。

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これと全く対照的なのが、アニメ2期のたえです。2期10話のRAS 2ndライブでは、事前にサポートギターを辞めることがファンにも告知されており、極めて正式な手続きを経てRASを脱退することになりました。そこからヘッドハンティングしようというチュチュの思惑こそあったものの、ライブを終えた直後のたえの表情は非常に晴れやかなものでしたし、この日がたえとRASが決別した”記念日”と表現しても良いでしょう(それを祝うかはともかく)。言ってしまえば、RASとして”やりきった”花園たえがいる一方で、CHiSPAとして”やりきってない”山吹沙綾がいるという現状がそこにはあります*3

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2期の騒動の渦中で最も動揺していたのは、言わずもがな山吹沙綾です。自らがCHiSPAからポピパへと移ったように、たえもポピパからRASに行ってしまうかもしれない……。それはCHiSPA脱退という過去を背負っている沙綾だからこそ抱えた悩みではありましたが、今となっては問題があると言わざるを得ません。沙綾がポピパのキズナを、音楽を、それが持つ復元力を信じきれていないことの証左でしかないのです。というか、そもそもCHiSPAとの別離を未だ否定的に捉えていることを考えれば、CHiSPAの件を未だに乗り越えられていないという点でも問題でしょう。

 

音楽(キズナ)があるからCHiSPAに戻れる。ポピパにもまた戻ってこれる

以上の事実から、アニメ3期になるかガルパの箱イベントになるかは分かりませんが、沙綾とCHiSPAの今後の展開について1つの予想が立ちます。沙綾のCHiSPA卒業式を企画するというものです。あの当時作れなかった沙綾とCHiSPAの区切りの日を、1年越しに設定する――それも特に、一日限定メンバーとしてCHiSPAに復帰させ、あの日以来のCHiSPA楽曲のセッションを行うようなものになると思われます*4

セッションの結果、CHiSPA楽曲の復元力により、沙綾はCHiSPA在籍当時の記憶を思い出すことになるでしょう。それはあの日の負い目をも蘇らせてしまうでしょうが、同時に、楽しく活動していたことも鮮明に思い返せるはずです。沙綾がCHiSPAの件を乗り越え、それを肯定的なものとして受け止め直すためには、CHiSPAとのセッションは極めて有効な処方箋なのです。

……とはいえ、沙綾のことなので、ポピパに気を遣ってCHiSPAと演奏することを拒みかねません。山吹沙綾はそういう遠慮がちな頑固さを持った人物であり、どれだけ周囲が勧めようとその機会を固辞する反応は容易に想像できます。

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しかし、それは普段の沙綾ならばの話です。記念日は、普段ならば出来ないと思い込んでいることを実行するきっかけにもなる――それがまさに『Poppin'ハロウィンパレード♪』で、つい最近描かれたばかりなのでした。沙綾に心のリミッターを外させるには、その日をCHiSPAの記念日にすれば良い。なればこそ、CHiSPA卒業式は、その条件をも満たす催しになるわけです。そして記念日にすることで、沙綾の中のCHiSPAは決して過去のものではなくなります。1年後の今日に、そして、何年経っても何世紀過ぎても、CHiSPAの一員であったことを思い出せるようにもなるのです。

記事冒頭でも述べたように、今のポピパはSTAR BEAT!さえ奏でれば五人の原点を思い出せる集団へと進化を遂げています。CHiSPA楽曲によってどれだけ当時の記憶とキズナを体感として取り戻そうとも、沙綾がCHiSPAに取られるような心配は、もはや今のポピパには杞憂でしかありません。そしてむしろ、沙綾に対するSTAR BEAT!の復元力は、誕生日の有咲や2期のたえに対するそれとは比較にならないほどかもしれません。あの文化祭の日、誰よりも「昨日までの日々にサヨナラする」ことに成功したのは、間違いなく山吹沙綾なのですから。

「だから何度でも、歌うんじゃないかな」

沙綾は静かに言い、ゆっくりと目を閉じた。

「歌は流れ、継がれる。どんな歌だって、再び歌われるときを待ってる。何年経っても、もう一度、思い出して口ずさむ」

沙綾はいつも、音楽に救われてきた。

「大切なものとは、何度だって出会えるんだよ。何度だって思いだして、何度だって乗り越えればいい。何度だって、昨日の自分にサヨナラすればいいと思うの」

楽曲が持つ復元力はアニメ2期のテーマには違いないのですが、実は小説版の時点から存在していた概念です。小説版では、沙綾のこのメッセージによって香澄が”星の鼓動”を思い出し、STAR BEAT!を完成させました。小説版とはキャラクターが一新しましたが、巡り巡ってCiRCLINGを描き、小説版の山吹沙綾が放ったあの言葉は、今、山吹沙綾自身に突きつけられています

*1:ポピパ加入の決定打となった曲という意味で、たえにとっての私の心はチョココロネにあたるのは、りみにとってはきらきら星です。

*2:なので同じ轍を踏んだ者として、出来ることならば有咲にはおたえの思いに気づいてほしかったところはあります。しかしながら、りみが最もポピパの絆を理解しているように、音楽に触れている時間がキズナの理解力に比例してもいるため、未だ作曲を経験していない有咲ではそこに辿り着けなかったのだろうというのが、現状の僕の解釈です。

*3:とはいえ、レイヤがたえとのバンドを”やりきった”かは、その後の挙動にも未練が見て取れますし微妙と言わざるを得ません。これは3期で回収されそうな要素でもありますが。

*4:ガルパにおいては『ホープフルセッション』で香澄とりみが他バンドのメンバーとのセッションを行うなどしており、沙綾を送り出す準備は万全と言えます。