矛盾ケヴァット

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【バンドリ】二人の戸山香澄、二つの星の鼓動

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Poppin'Partyの箱イベント、『迷子のおもちゃの見る夢は』が開催されました。ガルパの2020年の門出を飾るに相応しい、非常に素晴らしいイベストでした。思い返すに、ガルパの新年一発目のイベントは1年目が『FUN! FUN! CiRCLING FIVE STAR!』、2年目が『ジブン、アイディアル』とどれも傑作と呼ぶに相応しいイベストでしたし、クラフトエッグとしても気合の入れどころなのかもしれません。

おもちゃも楽曲と同じように思い出を復元する力を持っており、また、使われなくなったおもちゃを別の持ち主にあげることで、おもちゃから受け取った愛を再び誰かに渡すことができるというおもちゃのCiRCLINGを描いたシナリオであり、Poppin'Partyらしいテーマを見事な筆致で描いてきました。これだけでも万雷の拍手を贈りたいのですが、それとは別に注目したいのは星の鼓動に新たな側面を加えてきたという点です。そして、それを踏まえて戸山香澄の強さを真正面から描いてきたことに強く感心させられるイベストでもあったとも思います。

 

星の鼓動とは、世界との一体化である

一見難しそうな概念に思えますが、ハッキリ言って、星の鼓動とは何か?という問いの答えは既に出ています。

トクン、トクン、トクン、トクン、トクン――。

自分のためだけに奏でられたような、心地のよい音が聞こえた。

香澄はそれを、星のコドウだと思った。星たちが瞬く時に鳴る、天上のコドウが聞こえる。

見出しの通り、世界との一体化です。香澄がまだ幼い頃、都会の喧騒から離れたキャンプで見上げた満天の星空。星々の明滅と自分の鼓動が重なり合い、自分自身が星々と、そして世界と一体化したような感覚を覚えます。まさに星のカリスマ・戸山香澄の原点とも言うべき描写です*1。引用は小説版からではありますが、現在の香澄が幼少期に感じた星の鼓動もおそらく同一のものでしょう。

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一方、世界との一体化は原点であると同時にポピパの目指すべき最終到達点でもあります。上記の沙綾のセリフにも表れているように、音楽には奏者と聴衆に一体感をもたらす作用を持っています。そもそも、香澄がバンドを始めようと考えたきっかけも、Glitter*Greenのライブで味わった一体感に、星の鼓動と同じものを感じたからなのです。Poppin'PartyとしてCiRCLINGを広げていき、音楽のチカラで、巡り続ける世界を包み込み、世界と一体化する――あまりにも遠大で壮大ですが、間違いなくそれがポピパの志している目的地です。そしてこれは、原点=最終到達点、つまりは始点と終点を繋ぎ終わりのない形にするという意味でもCiRCLINGの概念を踏襲したものです。

 

星の鼓動とは、記憶の底の小さな声である

以上が、今回のイベント以前の星の鼓動の解釈でした。そして、『迷子のおもちゃの見る夢は』によって、この解釈自体は全く損なわれることなく、星の鼓動に新たな意味合いが付加されて――というよりは、元々あった別の意味合いが強化されてきたのです。

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有咲の蔵で発見した太鼓を叩くうさぎのおもちゃを修理しようというのが今イベントの物語の始まりでした。そこから使われなくなったおもちゃを集める運動を学校規模にまで広げていき、やがてうさぎのおもちゃにもバンド仲間がいたことが判明します。最終的に、おもちゃ博物館にいた2体の仲間たちと再会し、うさぎのおもちゃは作られた当時のように、3体で音を奏でるという本来の姿を取り戻しました。

うさぎのおもちゃはおそらく、香澄に見つけてもらわなければ仲間の2体と再会することは叶わなかったでしょう。それ以前に、仕掛けが壊れていたので太鼓を叩くということすら出来ないままだったに違いありません。言わば、うさぎのおもちゃにとっては「また3体でバンドを組む」というのはもう叶わぬ夢だったわけです。

本当はずっと気づいてた 記憶の底 小さな声

懐かしい記憶をたぐって 星がめぐり 届ける声

以上はSTAR BEAT! ~ホシノコドウ~の、同じメロディの一節ですが、まさに今イベントでうさぎのおもちゃが抱えていた思いそのものではないかと思います。諦めてしまった、けれども本当は踏み出したい思い、それもまた星の鼓動なのです。そしてこれはうさぎのおもちゃだけに限った話ではなく、ランダムスターもまた誰かに再び奏でられるのを蔵で静かに待ち続けていました。ポピパメンバーについても同様で、りみ、たえ、沙綾も本当はバンドをしたいという思いを秘めていたものの、それぞれの事情から二の足を踏んでいました。有咲に限っては自分がバンドを組むなどというビジョンは微塵も持っていなかったわけですが、そんな有咲も本当は友達と一緒に楽しい学校生活を送りたい思いを押し留めていたと言えます。そして、こういった思いに気づき引っ張り上げていったのは、常に香澄でした。

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 人間か無生物かを問わず、誰かの星の鼓動(記憶の底の小さな声)を聞き取り、打ち捨てられた思いを呼び起こす力。それが戸山香澄の強さです。それを真正面から、これまでの色々な出来事を思い起こさせつつ戸山香澄の”軸”として描いてきたという点で、今イベントは本当に出色の出来でした*2

 

小説版戸山香澄と現・戸山香澄との星の鼓動の違い

前述のように、「世界との一体化」としての星の鼓動については小説版と現在とで相違は見られません。ところが、「記憶の底の小さな声」の星の鼓動については、星の鼓動を感じる主体が戸山香澄かそうでないかという点で明確に異なっています。

小説版戸山香澄が感じた星の鼓動のそばには、歌もありました。満天の星空の下、解放感とともに歌い上げたきらきら星。しかし、周囲に歌を笑われたトラウマによって歌うことへの渇望を押し殺し、いつしか香澄にとっての音楽は一人きりの信仰になってしまいました。しかし、ランダムスターとの出会いによって、そして山吹沙綾に背中を押されたことによって、あの日の歌への思いを呼び覚まし、まぶた閉じて諦めてたことへと走り出しました。小説版戸山香澄にとって、世界と一体化したあの日の星の鼓動は、そのまま記憶の底の小さな声でもあったのです。

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ところが、現在の戸山香澄にとって、自分自身が押し殺していた思いというのはありません。ああ、いえ、花女高等部に進学する前の香澄の過去がほぼ明かされていないので、より正確には”不明”とするべきなのですが、少なくとも小説版のように世界との一体化と密接に繋がった「記憶の底の小さな声」は無いと考えて良いでしょう。

つまりはアニメ1期に際してキャラクターを一新した際に、香澄から「記憶の底の小さな声」としての星の鼓動が切り離されたわけですが、その結果として無生物をも含んだ”他者”に眠る星の鼓動を聞き届けられる強靭な存在へと変貌したと言えます。

詳しく触れるとネタバレになってしまうのですが、アニメ3期においても今イベントで描写された香澄の強さが存分に発揮されています。また、現在進行形で展開されているメインストーリー2章でも、まさにバンドを諦めてしまった倉田ましろという少女の星の鼓動を察知し、かつてバンドを始めようとした時の気持ちを蘇らせようとしています。

他人の星の鼓動を聞き、かつての思いを呼び起こし続けながら、CiRCLINGを広げていくPoppin'Party。その果てに感じられるものは、きっと幼き日に香澄が一人で感じたよりも遥かに大きな星の鼓動となるはずです。

*1:敢えて注釈も要らないかとは思いますが、星々の明滅がキラキラに、自分の鼓動がドキドキに対応してもいます。

*2:文章構成上省きましたが、『ホープフルセッション』にて月島まりなのかつての思いを綴ったHOPEを蘇らせたバンドには今回★4となった香澄とりみがいましたし、この辺りも意図されたものだと考えています。