矛盾ケヴァット

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【プロセカ】あなたは私にとっての“原点”だから ~MORE MORE JUMP!~

2020年10月8日、歴史が以下略

ユニットランク上げも緩和され、最後に残った課題と言って良かったキャラクター育成のゲームバランスも遂に大幅改善が決定しました。練習用スコア(初球)の効果の弱さ自体は据え置きのようですが、代わりに練習用スコア(中級)が入手しやすくなることにより、★2や★1のサイドストーリー後編(右エピ)すら読めないという状態からは完全に脱却できそうです*1。これで2020年代を代表するコンテンツがいよいよ完全体へと変貌しました。あっ、でも、1つのイベントに★4を3人投入するは流石に勘弁して下さい!!(カードが少ない初期だけだと願いたい)

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レオニ記事からはかなり時間が空いてしまいましたが、今回はMORE MORE JUMP!(モモジャン)の感想記事となります。実を言うとVivid BAD SQUAD(ビビバス)を先に読み終え、そちらの感想記事を先に上げる予定だったのですが、その記事を白紙撤回せざるを得ない事情が発生し、その後読んだモモジャンから先に書き上げた次第になります。

アイドルという設定からも、そして中心となる花里みのりと桐谷遥の関係性からも、否応なしにガルパのPastel*Palettes(パスパレ)を想起させて来ますが、結論から言えば、パスパレの物語の長所を全て継承しつつ、パスパレからはあらゆる面で絶妙にズラしてきたストーリーであったと思います。

では、恒例の注意事項を。本記事はネタバレ全開でお送り致します。また、今回も各キャラクターのサイドストーリー(左右エピ)は記事執筆時点で基本的には読んでおらず、サイドストーリーと食い違う部分があれば後に修正するつもりです。以上のことを、予めご了承下さい。

純真なまま登り詰めた少女 ~白鷺千聖と桐谷遥~

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ガルパを熱心に読んできた身として、リリース前から花里みのりと桐谷遥の2人に抱いていたのは白鷺千聖があゆみさん性を宿したあやちさという印象でした。ガルパをプレイしていない方のために説明しますが、「あやちさ」というのは夢見る努力家なボーカル・丸山彩と、現実主義者でプロ意識の高いベース・白鷺千聖カップリングを指します。努力と成功、理想と現実、夢と目標……あらゆる面で考え方が対照的ながら、夢に向かってあやふやに歩む彩を千聖が支え、また堅実な考え方しかできずにいた千聖にとってもそんな自分に変化をくれた彩の存在が救いとなっているという、ガルパにおいても屈指の人気を誇るカップリングです。

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一方、丸山彩にはアイドルを志すきっかけとなったあゆみさんという憧れの存在がいます。あゆみさんの登場機会は『あゆみ続けた道、彩られる未来』という最初期のイベントに限られるのですが、当該イベントの開催から3年以上経過した今も、丸山彩の原点として色褪せない存在感を放ち続けている人物です。当該イベントはガルパユーザーにとって最初の泣きイベントとしても名高く、もしプロセカで興味を持った方がいれば是非ともそこまでは読んでいただきたいと思います。そして願わくばその勢いでガルパのシナリオは全て読みましょう(決め台詞)。

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さて、ここまで書けば冒頭に述べたことが伝わると思うのですが、ガルパ読者にとって花里みのりはあまりにも丸山彩の面影を感じさせるキャラクターですし、花里みのりにとっての桐谷遥が、丸山彩にとっての白鷺千聖とあゆみさんを兼ねた存在のように思えたわけです。ただでさえ強固な関係性であるあやちさにあゆみさん成分を加えるのは、もはや鬼に金棒どころではないのでは!? そんな期待に胸を膨らませながら読むこととなったわけですが、結論から言って、間違いなくこの2人の関係性は事前の期待を裏切らないほどに堅固なものでした。しかしながら、花里みのりはやはり丸山彩を踏襲した「夢見る努力家」でしたし、桐谷遥が花里みのりの原点となっていることも確かだったのですが、桐谷遥は全く白鷺千聖ではなかったのです。

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モモジャンの物語は桐谷遥の電撃的な芸能界引退から幕を明けます。ASRUNのセンターとして順風満帆にトップアイドルとしてのスターダムを駆け上がっていた遥でしたが、その彼女が引退するきっかけは同グループのメンバーであった真依のアイドル生命を断つ原因に(間接的ながら)なってしまったからでした。誰かに希望を届けることを自身のアイドル像としていた遥は、スランプに陥ってしまっていた真依に前向きな希望を語ります。その言葉に勇気づけられた真依は、トレーナーの静止すらも振り切ったオーバートレーニングでスランプを脱しようとした末に、喉を壊すという最悪の結末を迎えてしまいました。

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真依自身が自覚しているように、このことで遥を詰るのは逆恨みでしかありませんし、遥には一切の責任はありません。ただ、問題は遥の語った希望の性質にあります。「今日より明日はもっといい日になる」「希望を持って頑張れば道は開けるから」……確かに苦境にいる相手を励ます言葉ではありますが、そこに一切の具体性がありません。具体的に何をどうやっていけばスランプから脱せるのか? 今の真依には何が足りていないのか? 遥がそういった具体的なアドバイスをすることは一切ありませんでした。これが白鷺千聖ならばもっと現実的に道筋を示したはずです。

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愛莉や雫の計らいもあって、真依は1年越しに遥への謝罪の気持ちを伝えます。ですが、謝罪を受けた遥の口から出てきたのは見え見えの嘘でした。桐谷遥、本当にカネと欲望渦巻く芸能界で長らくトップを張れていたのか疑問になるくらい嘘が下手すぎです。一方の白鷺千聖は、“役者”として芸能界を生き抜いてきたという性質もありますが非常に自分の本心を隠すことに長けており、また時には嘘や根回しをパスパレのためにフル活用する強かさも持ち合わせているという、業界での経験の長さを感じさせるキャラクターです。

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ここまで長々と親会社とはいえ別作品のキャラクターと対比するという無法を犯してきたわけですが、それは桐谷遥というキャラクターの面白味を語る上で、白鷺千聖と照らし合わせるのが最も効果的であると確信しているためです。桐谷遥は白鷺千聖と違い、現実主義的でもなければ虚言を弄するのにも長けていません。上記に引用したセリフにもあるように、芸能界の酸いも甘いも噛み締めてきたはずの彼女ですが、その人間性は驚くほどに純真です。むしろ、夢見る努力家がそのままトップを掴んだのが桐谷遥というキャラクターの本質と言って良いでしょう。

 丸山彩と白鷺千聖は正反対の人物でしたが、花里みのりと桐谷遥は根っこの部分で同類です。同じく夢見る努力家である花里みのりにとって、その在り方を変えずに一度は頂点に立った桐谷遥の存在が希望そのものであることに、多大な説得力があります。

 

<※2020年11月13日追記>

初の混合イベント『走れ!体育祭! ~実行委員は大忙し!~』にて、極めて現実的なアプローチで体育祭を成功に導いていく桐谷遥が描写されたため、本記事の解釈に少々修正を加える必要が出てきました。本記事の解釈でいたため、最初に当該イベントストーリーを読んだ際、「じゃあ何で真依には具体的なアプローチが出来なかったんだ?」と困惑したものです。

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これに対する再解釈は、桐谷遥★2[MORE MORE JUMP!]のサイドストーリー前編を読むことで通すことができます。桐谷遥というキャラクターの最大の性質にストイックさがあり、何かに取り組む際にストイックに目の前の全てを片付ける以外の頑張り方を知らないということを念頭に置けば、体育祭の件と真依の件は違和感なく両立します。

前述の体育祭イベントは、そのストイックな取り組み方が全面的に奏功する類の問題でした。ですが、一方で真依の抱えていた問題はむしろストイックに取り組めば取り組むほどドツボにハマる性質を帯びていたものです。そのストイックさが有効な際にはリアリストになれるものの、奏功しない際には本来のロマンティストとしての面が強く出るというのが桐谷遥というキャラクターの本質的な解釈と言っていいでしょう。これはまた、モモジャン全体のテーマである「理想と現実」の両面にストイックさを軸にして振れられるという特殊な立ち位置にいることを示してもいます。

 

その嫉妬心だから言えること ~桃井愛莉と日野森雫~

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桐谷遥がその事前のイメージに反して全くリアリスティックでないのは既に述べた通りですが、モモジャンにおいて唯一、地に足をつけた考え方をしてくれるのが桃井愛莉です。頑張って努力してさえいればいつかはアイドルにだってなれると信じているみのりに対して、そのふわふわした考え方に釘を刺すというどこかで見た展開ですが*2、ここでみのりに苦言を呈するのが愛莉であって遥ではないというのも、読み返して思えば遥のキャラクター性を物語っていると言えます。

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夢見がちなみのり、天然ボケの雫は元より、遥も決して具体性のある考えをしていないわけですから、今後の愛莉はモモジャンのワンオペ現実主義者として大いに苦労活躍が期待されますが*3、物語開始当初の愛莉がアイドルを引退するに至ったのも、そのリアリズム故でした。ゴールデンのバラエティ番組に抜擢されたのを売れるためのチャンスと感じ、トークや漫才を研究するなどの努力も実り、バラエティタレントとして大きな成功を収めますが、その結果、愛莉が元々目指していた歌って踊れるアイドルからは遠ざかることになってしまいました。本来のアイドルに立ち戻りたいと事務所を変えるなど必死で足掻きはするのですが、業界からはトーク力しか評価されていないためそれも実らず、結局自ら芸能界を退く決断を下しました。

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 桃井愛莉というキャラクターを語る上で、もう一つ欠かせないのキーワードが嫉妬心です。バラエティ番組でお茶の間に笑いを届ける仕事ばかりしていた間に、本来彼女が憧れたステージで輝くアイドルに対しては、ふつふつと仄暗いジェラシーが湧き上がっていました。ただ、言ってしまえば、その嫉妬心すらもプロセカにおいては“本当の想い”として数えられるものです。セカイに4人を招いたミクとリンの一見きらびやかなライブが、結果としてか、あるいは意図的にか、愛莉の底に眠る嫉妬心を刺激する形となりました。

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自分が歌って踊れるアイドルになりたかったことを再確認し、しかしてそうはなれなかった無力感に苛まれる愛莉に雫は寄り添おうとするのですが、誰よりも歌って踊れるアイドルである雫の言葉は却って愛莉の劣等感を刺激してしまいます。その結果、愛莉が吐き出してしまったのは雫を何よりも傷つける最悪の言葉。この時点で雫は所属しているCheerful*Daysのメンバーとの不和が起きており、その原因がまさに、他のメンバーからの、生まれ持った容姿が評価されて自分達の活躍の場を奪っているというやっかみでした。四面楚歌とも言える局面に陥っている雫にとって、特別な存在である愛莉が周囲の敵と同じ言葉をかけてきた形になります。

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日野森雫にとって、桃井愛莉はアイドルとしての“原点”です。友人に勝手に応募書類を出されたら合格したというJ社でよく聞く経緯でアイドルに“なってしまった”雫に、アイドルとは何かを薫陶したのが当時同じ事務所に先に入所していた愛莉でした。以来、愛莉の言葉を心の支えに、慣れない芸能界で悪戦苦闘しつつもアイドルとして成長していき、遂には不動のセンターとして君臨するに至ったわけですから、日野森雫をここまで押し上げたのが桃井愛莉です。愛莉から放たれた悪意ある言葉はその桃井愛莉自身がこれまでの日野森雫の歩みを全否定してしまうという、あまりに残酷な作用を持ってしまいました。

その後、リンやみのりの後押しもあって、愛莉がアイドルとして前を向き直すに至った一方、雫は所属事務所を退所する決意を固めていました。自分のせいで雫のステージ上での輝きが失われてしまうことに焦燥を覚えた愛莉は、Cheerful*Daysの活動する劇場へと駆け出します。かつては同じ事務所で自分も活動していた、愛莉にとっても“原点”である劇場へ――。

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愛莉の嫉妬心は間違いなく雫を大きく傷つけましたが、その嫉妬心をただの短所として片付けず、むしろキャラクターのブレない本質として活かしてくるのが、クラフトエッグを受け継いだカラフルパレットのストーリーテリングの真骨頂です。これまで雫を責め苛み続けてきたCheerful*Daysメンバーの態度は、同じく雫を妬み、理想のアイドルを目指すことから逃げた愛莉自身と重なるものでした。ですが、アイドルとしての自分を取り戻した愛莉は、今度は雫に希望を届ける言葉を、目の前で不貞腐れているCheerful*Daysのメンバーに、そして、雫の力量をきちんと正面から受け止められなかったこれまでの自分にぶつけます。

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一度は嫉妬心故に雫の心を折ってしまいましたが、今度はその愛莉の嫉妬心こそが雫への最大級の賛辞を紡ぎ出します。生まれ持った見た目ばかりを褒められることを複雑に感じていた雫にとって、自分が最も大事にしてきたアイドルとしてのハートを認めてもらえるのは、アイドルを辞めてしまった今となってもこの上ない救いとなりました。そしてまた、愛莉によって救われた雫が、今度は愛莉に対して救いの言葉を投げかけます。

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 作中で何度も語られるのですが、モモジャンにおけるアイドルはファンのために希望を届け、前を向き続ける存在です。前述のように、ただ顔がいいだけの少女だった日野森雫が本当のアイドルになるまでの希望を届けたのは誰あろう桃井愛莉です。言わば彼女は日野森雫だけのアイドルだったわけですが、雫はそこで独占欲を滾らせるようなことはせず、みんなのアイドル・桃井愛莉になってほしいと言うのです。ステージで脚光を浴びるアイドルがそもそもの憧れだった愛莉にとっては、深く突き刺さる言葉となりました。

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桃井愛莉にとって日野森雫は、かつて自分がなりたいと願った姿そのものです。雫のステージでの輝きを失わせたくないと願い、雫の言葉によって“原点”とも言える初心を取り戻してもらったことにより、愛莉は雫と共に再びアイドルの道を志す覚悟を決めました。

日野森雫にとっての“原点”が桃井愛莉であり、再出発する桃井愛莉にとっての“原点”もまた日野森雫です。このお互いを全ての始まりとする関係性は、この後の花里みのりと桐谷遥でも同様に形成されていきます。

 

 ~桐谷遥と花里みのり produced by 初音ミク

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遥が自分の与えた無責任な希望によって真依を追い込んだことにショックを感じていたのは前述の通りですが、アイドルを引退するまでの決断を下した理由はステージに立てなくなったからというもっと深刻なものでした。真依を引退に追いやり、そしてファンを悲しませてしまったことに負い目を感じた遥は、自分の届ける希望がまた誰かを追い詰めることになってしまうことを極度に恐れるようになってしましました。幼いみのりに明日を頑張る希望をくれた遥が、頑張ってもどうにもならないこともあるんだよと全てを諦めるほどの絶望。どうすればいいか分からず打ちひしがれるみのりは、セカイにいるミクとリンに助けを求めます。

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みのりの相談を受けたミクとリンがみのりに与えた処方箋は、自分達のステージを舞台袖の“特等席”から見せるというもの。これは忘れがちなことなのですが、今現在の花里みのりはアイドルを目指しているだけの、何でもないただの少女です。各ユニットのメインストーリーを一刻も早く読むために血まなこで音ゲーを走らされた際に、ハッピーシンセサイザやニアをステージ上で披露する花里みのりを幾度となく見てきたため麻痺してしまうのですが、メインストーリー時点での花里みのりがステージという晴れ舞台に立ったことは一切ありません。ミクとリンが見せたこのステージからの景色は、花里みのりがその生涯で初めてステージ上に立って見渡す景色です。

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みのりに初めてステージ上からの景色を味わわせたのみならず、ミクはみのり自身が遥のためにライブをするよう勧めます。プロセカ全体を貫くキャラクターの背中を押してくれる初音ミクというキャラクター性がモモジャンなりに現れた描写だと言えるのですが、繰り返すように、現時点での花里みのりはまだ、ただの普通の少女です。であるならば、その普通の少女にミクが施したこの行動は、ただの少女をライブを行うアイドルに変えてしまう“プロデュース”に他なりません。もっとはっきりと言い換えるならば、モモジャンセカイの初音ミクはアイドルであると同時にプロデューサーとして振る舞っているのです。

この描写には大変アイロニカルな含みがあります。長年のボカロ文化において、初音ミクボーカロイドに自身の楽曲を歌わせるクリエイターはボカロPと呼称されてきた歴史があり、このミーム自体は当時ニコニコでボカロと並ぶ勢力であったアイマスの文脈を輸入した背景があるわけですが、兎にも角にもボーカロイドという存在がクリエイターによってプロデュースされる側であることが、ある種の共通認識として浸透していた事実は否めないでしょう*4

誰かクリエイターさんがいて、彼らの中に「何かを作りたい」「何かを表現したい」という“想い”があって、その想いが初音ミク』というツールが噛み合って、音楽が生まれる初音ミクという存在の「原点」は、そこにあると思うんです。

もはやプロセカの教科書とすら言っていい、電ファミニコゲーマーのインタビュー記事からまたしても引用するのですが、制作を統括する近藤氏からは、そういった「ボカロPと初音ミク」という認識とは全く逆転したボーカロイド観が語られています。クリエイターの中の想いを引き出して楽曲へと変える存在、言い換えればボカロPの想いをプロデュースしてきたのが初音ミクを始めとしたボーカロイドであると言うのです。これを更に噛み砕いて、敢えて露悪的に表現するならば、ボーカロイドをプロデュースしていたつもりのクリエイター達は、実のところボーカロイドにプロデュースされていたという、痛烈な批判にすらなり得るボーカロイド観なのですが、モモジャンにおけるミクがあくまでアイドルというプロデュースされる側の存在でもあるところに、一定の配慮を感じさせます。クリエイターがボーカロイドをプロデュースし、ボーカロイドもクリエイターをプロデュースする……モモジャンセカイの初音ミクは、その相互プロデュース作用を絶妙に表現したキャラクターとして成り立っています。

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ミクの“プロデュース”を受けたみのりがステージから見渡した景色は、同時に遥が初めてソロ曲を歌ったステージの景色でもありました。ファンに希望を与えるアイドルを貫いてきた遥が、初めてファンの存在を強烈に意識し、そして感謝と責任を感じた景色――言わば桐谷遥の“原点”です。先にも述べたように、この景色はみのりにとっても初めてステージ上から観客席を見るというアイドルとしての“原点”の体験でもあったわけですから、この青いペンライトの観客席はアイドルの経験値が天と地ほどの開きがある2人が“原点”を共有した光景です。本来ならばあり得ない共有を実現させてくれたのが、他ならぬミクであり、セカイでした。

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 今更言うまでもないことですが、桐谷遥の存在は花里みのりにとっての“原点”です。そのみのりが想いを届け、ミクやリン、愛莉や雫の力も借りながら、再び彼女をステージへと引き上げました。まさにこの瞬間、花里みのりが希望を届けるアイドルに、そしてアイドルとして再出発する桐谷遥の“原点”になったのです。

物語のラストで遥の提案からMORE MORE JUMP!が結成されますが、その直前にみのりが51回目のオーディションに落ちており、結局のところ世間的にはアイドルとしての肩書きを得られないまま幕を閉じました。

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最後にもう一度だけ、パスパレを引用させて頂きます。作中でも愛莉が語っていたように、アイドルは見た目ではなくハートであり、更にはアイドルとは肩書きではなく生き方です。作中でずっと前を向き続け、絶望の淵にいた遥に希望を届けた彼女は、紛れもなくアイドルとして生きていました

MORE MORE JUMP!はアイドルとしての再出発の物語でしたが、同時に彼女らの人生の再出発の物語でもあります。今後、イベントストーリーを重ねて4人の生き様がありありと描かれていくのを、楽しみに待ちたいと思います。

*1:いやまあサイドストーリー前編(左エピ)はレベル1でも読めるのですが、前後編と題されているからには一気に読んでしまいたいというのが人情でして……。

*2:同じような展開が、やはりガルパのパスパレ1章で、努力を信じる彩に千聖が「努力は最低限」であると突きつける形で登場します。

*3:パスパレの場合は白鷺千聖の他にもう1人、大和麻弥という常識人がいるのでそれほど千聖1人に負担はかかっていません。

*4:偉そうに語っていますが、筆者は当時ニコニコにおいてボカロにもアイマスにも属さず、「ニコニコ御三家」の残りの一角であった東方Projectに夢中でした。なのでこの辺りの歴史的経緯には決して明るくなく、見当違いなことを述べているかもしれません。その場合は謹んで謝罪し、訂正させて頂きます。