実を言うと、前回の記事は、今回の記事の前書きとするつもりだったもので、思いのほか筆が乗った上に本筋から脱線していったため、独立させたものだったりします。
というわけで、その本題編とでも言うべき今回の記事のテーマもやはりスパイです。本記事では、ABNとACRの2陣営のスパイについて、根拠ある仮説を立てたものとなります。
ジェストレスの送り込んだスパイや、或いは自らスパイ活動をしている藤治郎は上位陣営から下位陣営へと放たれた”縦方向”のものであるわけですが、本来スパイとは横方向に放つものです。国から他国に、会社から他社に、警視庁から雛見沢に、対立関係にある組織の情報を得るべく差し向けられます。であれば、キコニアにおいてもある陣営が別陣営に対して送り込んだスパイが存在しても良いでしょう。
とはいえ、国家がスパイを管理するためには、CIAやKGB(現FSB)といった諜報機関が必要なはずです。果たして、作中にそんな組織が登場したでしょうか?
分かりにくいですが、実は堂々と登場しています。善導省がABNの諜報機関なのです。上記画像のシーンは、ACRリビア付近の難民キャンプの平和指導者が、何故かABN統合軍仕様の緊急発信機を所持していた事実を受けたスタニスワフの発言です。善導省がACR難民キャンプの平和指導者を抱き込み、ABN側のスパイとしたことが窺えます*1。更には、7章『三人の王』のニュースにて、善導省が工作員を送り込んでいるとまでハッキリ書かれており、善導省が諜報機関に相当することは間違いないものと思われます。
無論、こうした諜報機関は全ての陣営に存在するに違いないのですが、実際に名前が出てきた善導省は特別物語に関連すると見るべきでしょう。そして、難民キャンプの平和指導者と同様に、ACRのガントレットナイトの中にもまたABN善導省が抱き込んだスパイがいる疑いがあるのです。次の画像でのイシャクのセリフは、それをかなり印象づけるものでした。
Phase1終了時点においてABNとACRについては陣営内の描写に乏しいという現状がありますが、現時点で公開されている情報だけでも、このセリフに強い違和感を抱くには十分です。TIPSからも読み取れる通り、ACRはアフリカの文化・宗教を温存しながら統一を成し遂げた歴史を持っており、ACRにおいて「神」という言葉は極めてデリケートに取り扱う必要があるはずです。ABN以外の地域では宗教が統一されないままキリスト教やイスラム教が信仰されている可能性も少なからずありますし*2、元来アフリカはアニミズム的な信仰も盛んです。また、非常に少ないですが仏教徒やヒンズー教徒もいるでしょう。そんなACRの価値観を念頭に置くならば、これは率直に言ってあり得ない発言です。AOUでは貧富の差に対して特に厳格に会話フィルターが適用されるとのことでしたが、ACRのお国柄を考えると、こうした宗教的な発言にこそ会話フィルターが適用されてもおかしくないくらいです。
現実には会話フィルターは作動していませんので、ACRの発言規制基準についてはこれ以上の深追いは避けますが、状況と相手次第ではハラスメントに該当してもおかしくない発言なのは確かです。また、意味合いから言って上記のセリフは運を天に任せるという表現で足りたはずで*3、わざわざ「神」という単語を用いていることには意味があるはずなのです。つまり、イシャクこそがABNからACRへのスパイで、上記の発言はABNの統一宗教を信仰しているイシャクが、うっかりその馬脚を現したものだったんだよ!!
……と、僕も最初はそう考えていました。しかし、どうも引っ掛かる。冷静沈着を絵に描いたようなキャラクターであるイシャクが、そんな凡ミスをするでしょうか。そして、我々が愛するなく頃にシリーズとは、こうも単純なものだったでしょうか。……あぁ駄目だな。全然駄目だぜ。
ここでチェス盤をひっくり返すぜ!
うっかりだとか凡ミスだとか、イシャクがACRでは本来あり得ない発言をしてしまった、と考えるから良くないのです。そうではなく、イシャクの視点に立って、何故イシャクがあり得ない発言をする必要があったのかを考えるべきなのです。そうすることで、ひとつの答えが見えてきます。イシャクはスパイなどではなく、むしろガントレットナイトの中にABN善導省からのスパイがいることを疑っていたのでは……?
当初の僕がスパイの嫌疑をかけてしまったように、イシャクの発言はACRならあり得ないもののABNでは至極普通の価値観です。もし、ABNの統一宗教を信仰している者がこの発言を聞いたなら、絶対に抱くはずの違和感を持たず、むしろ同調する可能性が高いと考えられます。その反応を見せた人物を、スパイだと疑える。そう、イシャクの発言はうっかりや凡ミスなどでは決してなく、身内に潜んだ内通者を炙り出すための高度な誘導尋問だったのです。
最初に反応したのはリーテバイル。実に当然のリアクションと言えるでしょう。宗教が複雑に入り組んでいるACRにあって、突然戦場で部下が神頼みしようなんて言い出そうものなら、怪訝に思うのも無理はありません。
続いてアブドゥ。こちらは「神」に対しては特に触れませんでしたが、運任せ自体には否定的な反応と言えます。「神」の方を否定してほしかったところですが、まあ推定無罪と言ったところでしょうか。
マヌケは見つかったようだな!!
本当の馬脚はこちらに現れていました。何の抵抗もなく、イシャクにつられて「神」というポリコレ違反ワードを使い、あまつさえ神頼みをしようとしています。ここに、イシャクの誘導尋問は結実しました。ヌールこそが、ABNからACRへのスパイです。
なお、僕が当初イシャクを疑っていたのは、出身国であるACRアルジェリアが紛争地帯であるACRリビアの隣国であることも弱めの根拠の一つでしたが、ヌールの出身国であるACRエジプトも同様にACRリビアと国境を接しています。ABN善導省からすれば、工作を行うのは容易な地域と言えるでしょう。
そしてこの仮説はもう1つの可能性を示唆します。それが、ジェストレスがACRに送り込んだスパイもまたヌールであるというもの。ええっ!? ヌールはABN善導省がACRに差し向けたスパイで、ジェストレスとは無関係なのでは!?
これは単純な話で、善導省自体がジェストレスの管理化にあるとすれば、自動的にヌールもジェストレス配下のスパイになるのです。この場合、ヌールが直接ジェストレスとコンタクトを取っていなくてもジェストレスにとっては自分のスパイと同等です。ヌールが善導省に送る報告は全てジェストレスにも渡るのですから。無論、直接ジェストレスと連絡している可能性も十分にあり、ここは本当に『どちらでも良い』ところです。
ところで、Noorという名前は、アラビア語で光を意味するそうです(参考リンク)。光といえば、アインシュタインの相対性理論は時間や空間ではなく光の速度こそが<絶対>という世界の真理を明らかにしたものでした。ヌールとジェストレスは、<絶対>という概念で接続できるキャラクター同士と言えるのです。
善導省が怪しいとすれば、もう1人ジェストレスのスパイとして疑わしい人物が浮上します。善導省を古巣としているレアです。というか、諜報機関が古巣な時点で、仮にジェストレスのスパイでなくとも一物抱えたキャラクターなのは間違いないでしょう。
また、レアについてはユダヤ教徒を代表する人物であることも念頭に置く必要があります。物語の鍵を握る聖イオアンニスの黙示録は、史実とは異なり新約聖書に編纂されないまま歴史の闇に葬られましたが、そもそもにしてユダヤ教は新約聖書を聖典として認めない立場です。彼女が敬虔な(そして過激な)ユダヤ教徒であるならば、宗教上の理由が聖イオアンニスの黙示録に立ち向かう動機になり得るのです。
えっ、ABNはアブラハムの宗教を統一したんだからユダヤ教徒なんているはずないって? ハハハ、やだなあ、本当に3宗教が統一できてるんなら、イェルダット・シャヴィットなんて”融和の象徴”自体が必要ないじゃないですか。3宗教の間に未だに軋轢があるからこそ、イェルダット・シャヴィットの広報活動が必要なんですよ。
以上が、イシャクの発言に端を発したACRおよびABNのスパイ推理になります。記事中盤でも触れましたが、Phase1で多分に描写が割かれたAOUや、その片鱗がいくらか覗けたCOUに比べ、この2陣営については情報不足すぎるのが現状です。しかし、うみねこもEP1の時点から真相に到れる程度のヒントはきちんと提示されていた作品でした。竜ちゃんの性格的なことを考えても、Phase1の時点でスパイは割り出せるように出来ていると考えるのが筋なように思います。そんな中で、情報が少なすぎる2陣営のスパイを割り出す手段は、善導省を鍵とするような手段しかないのではないかと考えています。もっとも、冒頭に挙げた記事にも書いたように、スパイを各陣営1人だと断定するのは危険なので、他にもスパイがいる可能性は考慮していきたいところです。
おまけ:ABNの省庁まとめ
以前、ふせったーにまとめたものを多少書き換えて再掲します。僕の見落としがなければ、作中で登場したのは以下が全てかと思います。善導省以外では、ファトマの古巣である宣教省と、全てが謎に包まれている神託省が不気味な存在です。