矛盾ケヴァット

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【キコニア】「本物の天変地異」とは、雨である

8MSにより延命が行われている、A3Wの地球。マリオの発明品により一度滅びたことを思い出すまで、気温は夏でも平均25℃、冬でも15℃という極めて過ごしやすい気候を人類は享受してきました。正直に言って、全く羨ましい限りの環境です。

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そんな贅沢な気候に慣れた人類は、本来12月に訪れるべき極寒に直面して大混乱に陥ります。降って当然の雪くらいで大騒ぎする人類は、我々B3Wの人類からしても、そして戦争に駆り出されて辟易していた都雄達からしても、滑稽と言うべきものでしょう。

ところで、このシーンではかつてのホワイトクリスマスを土台にした軽口とも言うべきもので、実際に雪が降ったわけではないことに留意する必要があります。いや、こんな軽口ごときに何か意味があるのかよ、と思われるかもしれませんが、キコニアではもっと本来降るべきものが降っていないのです。

 

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そう、本作では一切雨が降っていません。もっと踏み込むならば、雨に関する描写もある一箇所の例外を除いては存在しません。その「例外」については後述しますが、まるで、キコニアというテキストに全検索をかけて、雨という単語だけを全てデリートしたんじゃないかってくらいに不自然です。

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「例外」を除いて、ギリギリ雨の存在を匂わせる描写がここくらいでしょうか。「大気や海の循環」とは、B3Wの常識で言えば、気流・蒸発・降水等の現象を指すでしょう。しかし、A3Wは8MS文明です。降雨なくして水循環を達成することができても、何ら不思議はないのです。

 

おいおい、雨が降らないくらいで何か不都合でもあるのかい、というツッコミが聞こえてきそうですが、ここは発想を転換させる必要があります。キコニア世界においては、雨が降ると不都合があるのです。というのも、その性質から考えて、リジェクションシールドは雨に極端に弱いという致命的な欠点があるためです。

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まず第一に、雨天の中をリジェクションシールド無しで飛行することはあり得ません。雨天でシールドを張らずに飛行するのは、まるで眼前から無数の弾丸が迫りくるようなものでしょう。少なくとも成層圏外に出るまでは、時速500kmで飛行する生身の肉体にとっては雨粒ですらも立派な凶器となります。ところで、この小此木の講義の中にも雨に関連した単語が無いのが本当に違和感だらけなわけです。意図的に読者が雨の存在を考えないように誘導されているのを感じます。

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次に、エネルギー消費の問題。ガントレットナイトでも何でもない我々ですら傘という上方向へのシールドを利用して雨天をやり過ごしているわけですが、雨天のガントレットナイトがそれを行うと常時凄まじいエネルギーを消費することになります。雨が降った瞬間に、ガントレットナイトはエネルギー切れによる墜落を常に心配しなくてはならないポンコツに成り下がるのです。

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極めつけは感情がシールドにも影響するという点です。いや、ちょっとくらい濡れてもいいからスピード緩めたり空中で静止したりすれば、雨がそこまでの危険性を持たなくなるんじゃないの……? という逃げ道すらも、ここで塞がれます。雨でズブ濡れになった時点でメンタルに影響が出るため、シールドによるエネルギー消費量の増加は免れないわけです。シールド無展開で雨天を飛行するのは即死に近い自殺行為でしょうが、シールドを展開せずに雨天で静止するのも、じわじわと自らの首を絞めるという意味で自殺行為に近いものです。雨が降ってる状態では、動いてもダメ、止まってもダメ。まさに八方塞がりです。

 

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とても悲しい事実が浮かび上がってきました。ガントレットナイト、完膚なきまでに、雨の日は無能です。これではガントレットナイトの戦闘行為自体、雨が降ったら開催不能小学校の運動会呼ばわりをされても文句が言えません。eゲーマーどころか、その実態はもっとチンケなものなのでは……。

しかしながら、実際にはガントレットナイト達は数多の軍事力を無意味化し、戦争の在り方を根本から塗り替えたゲームチェンジャーとして君臨しており、そこから導き出される答えはひとつです。A3Wでは、雨は降らない。彼ら彼女らが最大限のパフォーマンスを発揮できるよう、8MSによって雨が存在しない世界が作り上げられているのです。おそらく、神の代理人を名乗るアイツの手によって……。

 

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さて、記事中盤で触れた「例外」の箇所がここです。僕の見落としがなければ、おそらく本文中に雨に絡んだ描写が出てくるのは、この藤治郎の「雨乞い」発言のみであると思われます。この雨乞い発言、「本物の天変地異」を呼ぶためのものとして比喩的に用いられましたが、こうも考えられるのではないでしょうか。雨自体が「本物の天変地異」である、と。

前述のように、雨が降ってしまえば、リジェクションシールドはその機能のほとんどを失います。それは即ち、ガントレットナイトの無力化と言って差し支えありません。雨が失われた地球に雨を再び降らせるという「雨乞い」は、旧来の軍事力を復権させる意味合いもあるのです。ガントレットナイトが飛べない雨天の空を、戦闘機は悠々飛行することができるのですから。無人兵器暴走事件を引き起こしたのは各陣営内部で非常に強い権限を持つ高官でしたが、三人の王が目論む「雨乞い」は軍を牛耳る老害達とも綺麗に利害が一致するのです。

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ガントレットナイトは、雨が降らないというA3Wの気象を前提として成立する軍事力です。”アイツ”によって、意図的に、用意周到に整備された、雨という地球の尊厳を奪って実現している軍事力。だからこそ、ただの雨こそが、地球が尊厳を取り戻して当然に降らせる雨こそが、本物の天変地異たり得るのです。雨を忘れた地球が雨を思い出した時、人類の傲慢さが生み出したガントレットナイトという新技術は、その息の根を止められることになります。それも、おそらく雨など想定していなかった大勢の子供達の無惨な死と共に――。